ラベル

2015年6月14日日曜日

磯田道史「天災から日本史を読みなおす-先人に学ぶ防災-」


磯田道史「天災から日本史を読みなおす−先人に学ぶ防災−」2014中公新書

 著者の磯田さんは、2012年から、静岡文芸大学の教員を務めている。2011年の東日本大震災を経て、東海地震の津波常襲地で津波の古文書を探すために、浜松に移住したそうだ。この本によれば、「過去の災いの記録をひもといて、今を生きる人々の安全のために参考に供する」ことを目指すというのである。静岡県に居住する私としては、まことにありがたい存在であり、この本を通読した後、更にその思いを強くしている。

 そもそも静岡県では、1970年代から、東海地震が心配されてきた。その際、つい最近まで専門家による地震の予知情報が、災害対応計画の中心に据えられていたように思う。しかし、1995年の阪神大震災や2011年の東日本大震災は、地震の予知がいかに困難であるかを、誰の目にも明らかにした。特に後者は、原発事故まで含んだ第二次大戦後最大の大災害となって、人々の考えや物の見方を大きく変える痛烈なインパクトを持った。何しろ、彼方から広い平野を駆け上ってくる津波が、田畑や人家、そして渋滞する車を、次々と薙ぎ倒し呑み込んでいく様を、私たちはテレビで見てしまったのである。予知が困難なら、それ以外の全ての知識を動員して、ともかく災害時を生き延びる手立てを考えなくてはならない。災害史からの知見は、その際、重要な手掛かりの一つとなる。

 この本は、イタリアの歴史哲学者クローチェの「すべての真の歴史は現代史である」という言葉を、冒頭で取り上げている。そして、「人間は現代を生きるために過去をみる。すべて歴史は、現代人が現代の目で過去をみて書いた現代の反映物だから、全ての歴史は現代史の一部であるといえる」と続けている。クローチェは、少年時代の1883年に起きた、ナポリ周辺の大地震で家族を失っている。その体験が、クローチェの思想に深く影響したと著者はみている。更に、著者の磯田さん自身が、そうしたクローチェの歴史哲学に導かれて、歴史研究を進めてきたようだ。彼は、NHKテレビの「英雄たちの選択」でもお馴染みであり、毎週、司会者として活躍されている。番組の特徴は、歴史上の英雄が決定的な場面で一つの選択に迫られて、どんな選択を決断したのかに照準していることだ。英雄の内面に現代人が分け入って考えることで、歴史的な事実が今に蘇る。一方、災害史を扱うこの本では、災害に直面した先人たちが、それぞれの悲劇的な体験のなかで考え、記録した貴重なメッセージが取り上げられる。磯田さんのような歴史学者による、当時の古文書の発掘と解読が、大きな鍵になっていることが分かる。それらは、当時の人間が、直面した災害の中で、どう生きたのか何を見たのかを後世に伝えている。彼らの発したメッセージが、今を生きる私たちの現代史の一部として蘇るということだろう。

 磯田さんの個人史も、話の一部に取り込まれて紹介されている。彼の母親は2歳の時に、1946年の昭和南海地震に徳島県の漁村で遭遇した。一家は、直後に襲来した津波から走って逃げた。2歳の母の手を、小6の伯母が手を引いて走った。伯母の話では、途中で手を離してしまい駄目かと思ったのに、2歳の子供は避難場所に先にいたのだという。最近、注目されている南海トラフを震源とする地震や津波も、こうしたエピソードの積み重ねから、更に身近なものとなる。南海トラフを震源とする地震により、ここ500年の間に5回の大津波が襲来した。つまり、100年に一度ということであり、90年以内に二度起きたことはないようだ。最後が1944年と1946年だから、丁度70年が経った。すると、ここ30年程度で起きると想定することは、確かに的外れではないだろう。

 本書から、災害に対する対応は様々な方法で可能だということが、よく分かった。